2010年10月30日

母の語る 月経の昔話

月経血コントロールの件で 母に 昔はどうしたのか?と 電話をしました。
母は昭和12年生まれ 戦争を経験しています。残念ながら 血流を止めるということはしていなかったそうです。

月経中は 布団屋さんの布団の綿を当てていたと 話しはじめました。そのうち 脱脂綿が配給され それを使ったそうです。そのころは T字体(ふんどし)だったそうです。 お世話になった助産士さんも昭和12年生まれで、 脱脂綿をガーゼでくるんでナプキンを自分で作って当てたと 以前お話しを伺っています。ある戦時中のドラマで 月経中に 古い下着を切って当てているという会話も 印象深くて 覚えています。

母に汚物の処理はどうしたのか?と聞くと 自分の姉と二人で 汚物を梨袋(母は関城出身)に入れておいて 畑に持って行き 燃やした話しをしてくれました。 

想像すると 環境を汚染しない自然の物を利用した エコな時代だな~と思いました。
燃して処理が出来た時代も うらやましいですね・・・。今は焚き火すら出来ません汗
こっそり焚き火した時には 近所の方が消防署に連絡し、消防署車がやって来る そんな時代です汗

母が生後半年の時 実の母が破傷風でなくなり 祖母を「お母さん」と呼びながら育ったそうです。母は5人兄弟の末っ子でしたが 医療も進んでいない時代 3人の兄達は小さいころになくなり 母と母の姉 父と祖母の4人家族・・父は兵隊だったそうです。

母の祖母は まゆから糸をとり 生地を織り セーラー服を縫ってくれたそうです。母親がいなくても おばあちゃんが洋服を作れる技術があり 幸せだったと 語ってくれました。考えてみれば 絹のセーラー服ですよねびっくり
貧しい時代ながら 本物 いい物 贅沢な物があったのですねキラキラ気が付くと 1時間くらい長電話していました。

母の昔話は 小説に勝る宝物プレゼントキラキラです。